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東京地方裁判所 昭和38年(行)80号 判決 1964年1月23日

原告 学校法人名城大学 外二名

被告 文部大臣・文部省管理局長 学校法人紛争調停委員長

主文

本訴をすべて却下する。

訴訟費用は原告大橋光雄、同守田広海の平等負担とする。

事実

原告の求める判決及びその請求の原因は、原告ら訴訟代理人において、被告ら主張のような仮理事の選任のあつたことは認めると述べたほか、別紙(一)記載のとおりであり、被告らの求める判決及び答弁は別紙(二)記載のとおりである。

理由

行政事件訴訟法第三条第五項に定める不作為の違法確認の訴は、国民の側から行政庁に対し処分をすべきことを申請したことに対し、行政庁において相当の期間内になんらかの処分をしないことを違法とし、これを確認することにより、なんらかの処分をすべきことをうながし、申請人の救済をはかることを目的とするものであるから行政庁においてなんらかの処分をした以上、その処分により権利ないし法的利益を害された者から右処分の取消し等の訴を提起するのは格別、なんらかの処分をしないことの不作為の違法の確認を求める利益はもはや失われるに至つたものと解すべきである。ところが原告らは被告文部大臣に対し学校法人名城大学の理事が欠けたことにより、仮理事の選任を申請したというのであり、被告文部大臣が右申請に対するものとして仮理事を選任したかどうかはともかく、被告文部大臣がその主張する七名の仮理事を選任し原告らがその事実を了知していること、及び右員数をもつて理事会の構成を充たすに足りるものであることは原告らの認めるところであるから、これにより本訴の利益は失われるに至つたものと解さざるを得ない。被告文部大臣が原告らの仮理事の選任申請を適法なものと認め、この申請に対する応答として仮理事を選任する主観的意図をもつて右選任を行つたかどうかは、本訴の利益が失われたとする前記の判断になんら影響を及ぼすものではない。従つて、不作為の違法の確認を求める本訴は不適法な訴といわねばならない。

なお、文部省管理局長は本件仮理事の選任に関しては独立の行政庁ではなく、学校法人紛争調停委員長は複数の学校法人調停委員より構成される合議体の代表者に過ぎず、独立の行政庁ではないから、いずれも訴訟上当事者能力を有しない。従つて、右文部省管理局長、学校法人紛争調停委員長に対する訴は、この点からも不適法である。

よつて、本訴をすべて却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

別紙(一)

訴状

(当事者の表示省略)

請求の趣旨

原告等が昭和三八年七月二三日、為したる仮理事選任請求に対する被告等の不作為は違法であるを確認する

訴訟費用は被告等の負担とする

との判決を求める。

請求の原因

一、原告の地位

(1) 原告学校法人名城大学は名古屋市に於いて名城大学その他の学校を経営している法人である。

(2) 原告大橋は前記法人の理事及び理事長である。

(3) 原告守田は前記法人の理事である。

二、被告の地位

(1) 本件請求は仮理事選件請求に対する不作為を責むるものであり、その選任請求は学校法人の所轄庁たる文部省に向けられているから被告が文部大臣であるべきことは疑いない。

(2) 本訴請求は不作為を責めるものであり、その不作為の直接の原因は担当局長たる文部省管理局長の怠慢にある。

これ被告に管理局長杉江清を加えた所以である。

(3) 本訴請求の基本たる仮理事選任請求は後記の如く調停の一部成立を前提とするものであるところ、その調停の一部成立が必ずしも明確にされていない。これ調停委員長大浜信泉を被告の一員に加える所以である。

三、名城大学の紛争並に調停

(1) 原告学校法人名城大学の経営する名城大学に於いては昭和二九年以来紛争を生じておる。

幾多の訴訟が起きておるが教授団の司法権無視並に文部省官吏のこれを認容せんとする不法な行政指導のため紛争は容易に解決していない。

(2) 昭和三七年五月、私立大学紛争調停法なる法律が制定せられ、この法律に基づいて被告大浜信泉他三名の調停委員が任命され、調停が行はれることになつた。

本訴請求はこの調停と関連しておる。

四、調停の経過

(1) 昭和三七年五月調停手続が被告等を含む拾数名の理事評議員を当事者として調停手続が開始された。

原告等はこの調停の拠つて立つ私立大学紛争調停法(以下調停法という)そのものが憲法違反なりとして別途に争つている。御庁昭和三七年(行)七五号御参照

(2) 調停案の提示。昭和三八年七月前記調停法による調停委員は最後的調停案を原告等を含む紛争当事者に提示するところがあつた。

(3) 調停案の諾否。調停案に対し、これを受諾するや否やの態度決定を迫まられたものの内、大部分のものはこれを受諾したが原告等二名及び評議員一名は受諾を拒否した。

受諾した者と受諾しない者の一覧表は左の通りである。

受諾したる者 足立聰 安藤孝 大石政雄 加藤敏正 加藤繁雄 兼松豊次郎 小島末吉 近藤鉦太郎 近藤良男 在国寺英基 田中卓郎 田中健児 伴林 日比野信一 町田孝一郎 横井忠次 若松寿男

計一七名

受諾せざる者 大橋光雄 守田広海 柴田三喜男

計三名

(4) 受諾拒否の理由は、調停案が原告等の有する判決執行権を全然無視するものであり、行政官庁が司法権を干犯するものである、との理由である。(その詳細は別途準備書面をもつて補充陳述する)。

五、調停の一部成立一部打切りの通知

調停案に対し受諾する者とこれを受諾しない者とに分れたことは前述の通りであるが、この扱いを被告等は如何にするや――全部につき調停とするや、一部につき調停成立とするや――は調停委員の判断にかゝるところ(調停法八条四項)、調停委員は一部成立の道をえらんだものゝ如く、調停案受諾者に対し受諾者間に調停を成立せしむることの同意を求め、その同意ありたるを以て、

調停一部成立・一部不成立(終了)

を通告して来た。

その結果、受諾した者にとつては調停は成立し、受諾せざる者にとつては調停は成立せざることとなつた。

六、調停の一部成立の理事会構成に及ぼす影響

――理事会定足数の欠如となる――

(1) 調停が成立したということは理事の辞任を意味する。蓋し、調停案第一項に、役員の辞任が掲げられているからである。調停案の一部成立の結果、左の理事が辞任したこととなる。

足立聰

兼松豊次郎

小島末吉  (原告は同人の理事たることを否認する 但し調停委員はこれを理事に掲げている)

田中卓郎  (同上)

伴林

日比野信一 (係争中)

調停案を受諾せず、従つて理事として残留する者左の通り。

大橋光雄

守田広海

(2) 原告法人の理事会構成は学長を含み五名以上八名以内となつて居るところ、一時に大量の辞任者が出て残留理事二名のみとなつた次第である。

七、仮理事選任請求

(1) 法人の理事会構成がその定員を欠くに至つた場合は理事会機能はこゝに麻痺することとなるのでかゝる場合には所轄庁による仮理事の選任が行われ、理事会の機能を回復せしめるものとされている。

所轄庁は民法法人については裁判所であるが、学校法人については文部省であるとされているために(私立学校法四九条、民法五六条)、原告等は被告等に対し仮理事三名の選任を求めた。

(2) 仮理事選任請求の意図するところは、

橋光雄

守田広海

仮理事 一名 計五名

〃   〃

〃   〃

の理事を以て暫定の理事会を構成し、逐次正規の手続を経て正規の理事会を構成せしめんとするところにある。

八、仮理事選任請求に対する不作為

(1) 原告等の正当なる請求に対し、被告等は何等の応答を示さず、本訴状提起の日に至るまで、仮理事の選任も為さず又請求の却下もしない、握りつぶしである。

僅かに、七月三一日、文部省管理局長室において杉江局長が原告大橋に対し、

「理事は誰も辞めて居ないから前回の請求に対しお答えする必要がない」

との答弁を口頭を以て為した。

(2) この口頭による答弁を如何に理解すべきかは、原告に於ては違法なる不作為であると理解する。

若し、杉江局長が理事の全部が辞任していない、全部残つているというならば、明白に仮理事選任請求を却下すべきである。しかるにその自信はない。さきに調停の一部成立を原告に通告したばかりである。

それかといつて仮理事選任をしたならば調停案第一項に役員全員の辞任を掲げた手前上、被告の面子にかゝわる。進退何れにも困り頬かぶりのまゝ、荏苒そのまゝに放置するものである。

これ不作為である。

この不作為の違法性については次項に譲る。

九、不作為の違法性

被告等の本件不作為は次の諸項から見て違法である。

(1) 法人管理権の行使を怠るものである。

学校法人の運営管理は理事会の発動にまつものであり、理事会の定員の欠如の時には所轄庁たる文部省が仮理事を選任してこれを補充しなければ学校法人の運営は廃絶する他はない。

学校法人の運営を可能ならしむることは所轄庁の任務である。

(1) 本件請求は仮理事選任請求に対する不作為を責むるものであり、その選任請求は学校法人の所轄庁たる文部省に向けられているから、被告が文部大臣であるべきことは疑いない。

(2) 本訴請求は不作為を責めるものであり、その不作為の直接の原因は担当局長たる文部省管理局長の怠慢にある。

これ被告に管理局長杉江清を加えた所以である。

(3) 本訴請求の基本たる仮理事選任請求は後記の如く調停の一部成立を前提とするものであるところ、その調停の一部成立が必ずしも明確にされていない。これ調停委員長大浜信泉を被告の一員に加える所以である。

三、名城大学の紛争並に調停

(1) 原告学校法人名城大学の経営する名城大学に於ては昭和二九年以来紛争を生じておる。

幾多の訴訟が起きておるが教授団の司法権無視並に文部省官史のこれを認容せんとする不法な行政指導のため紛争は容易に解決していない。

(2) 昭和三七年五月、私立大学紛争調停法なる法律が制定せられ、この法律に基づいて被告大浜信泉他三名の調停委員が任命され、調停が行われることになつた。

本訴請求はこの調停と関連しておる。

四、調停の経過

(1) 昭和三七年五月調停手続が被告等を含む拾数名の理事評議員を当事者として調停手続が開始された。

別紙(二)

答弁書

(当事者の表示省略)

本案前の申立

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告大橋光雄・同守田広海の負担とする。

との裁判を求める。

理由

一、本訴請求を要約すると、原告等が昭和三八年七月二三日に被告等に対してなした仮理事選任の請求に対し、被告等が現在までなんらの処分をしないことは違法である、というにあるようである。しかし、被告文部大臣は同年八月二三日に、佐々部晩穂・大島一郎・渡辺捨雄・桑原幹根・村岡嘉六・三雲次郎・杉戸清の七名を仮理事に選任している。従つて、不作為の状況は既に解消しているので、原告等の本訴請求は訴の利益を欠く不適法な訴であつて却下を免れない。

二、原告学校法人名城大学の訴は大橋光雄が代表者となつて提起されているが、同人は昭和三八年八月二二日に文部大臣により学校法人紛争の調停等に関する法律第一〇条に基き同学校法人の理事の地位を解職され、それに伴い当然に理事長の地位も失つているから、同大学を代表する権限を有しない。従つて、原告学校法人名城大学の訴は代表権のない者によつて提起された不適法な訴であるから却下を免れない。

三、不作為の違法確認訴訟は行政事件訴訟法第三条第五項に規定してあるように、行政庁が法令に基く申請に対し相当の期間内になんらかの処分又は裁決をすべきにかかわらず、これをしない場合に許される。従つて、不作為の違法確認訴訟は当然当該申請に対し何等かの処分・裁決をなす権限を有する行政庁を被告として提起されねばならない。ところで、本件仮理事選任請求について何等かの処分をなす権限を有するのは、私立学校法第四九条・第四条・民法第五六条の規定のうえから明らかなように文部大臣である。文部省管理局長・学校法人紛争調停委員長は、仮理事の選任について何等かの処分をなす権限を全く有しない。従つて、本件不作為の違法確認訴訟は文部大臣を被告とすれば足りることであつて、文部省管理局長・学校法人紛争調停委員長は被告適格を有しない。このように、文部省管理局長及び学校法人紛争調停委員長に対する本訴請求は被告適格を有しないものを相手方とする点からも不適法な訴であつて却下を免れない。

四、文部省管理局長は、本件仮理事選任に関しては独立の行政庁ではないので、訴訟法上当事者能力を有しない。従つて、文部省管理局長に対する本訴請求は当事者能力を有しないものを相手方とする点においても不適法な訴であつて却下を免れない。

五、学校法人紛争調停委員長は、学校法人紛争の調停等に関する法律施行令第四条・第五条の規定のうえから明らかのように、複数の学校法人紛争調停委員より構成される合議体の代表者であつて、それ自身独立の行政庁ではないから、訴訟法上当事者能力を有しない。のみならず、本件の学校法人紛争調停委員はすべて学校法人紛争の調停等に関する法律施行令第一一条第一項の規定により調停を終了させ、昭和三八年八月二二日にその旨所轄庁(文部大臣)に報告したので、その報告と同時に同施行令第一四条により当然に退任している。従つて、学校法人紛争調停委員或いは同委員長というものは、もはや実在しない。このように、学校法人紛争調停委員長を被告とする本訴請求は、当事者能力を有しないものを相手方とする点においても、又実在しないものを相手方とする点においても、不適法な訴であつて却下を免れない。

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